つれづれkankanbou

福岡の出版社「書肆侃侃房」の日々をつづる。

小説を読むたのしみ

今村夏子さんの芥川賞候補騒ぎで、1カ月もの間、さまざまなことを楽しませてもらった。今回残念だったけれど、今村さんの創作の秘密を知ることもできたし、何よりありがたかったのは、今村さんが言われた言葉「久々に最後まで小説を書き上げることができたので、『たべるのがおそい』は、自分にとってとても大切な本です」と言ってくださったこと。

多くの読者の方が次作を楽しみに待っていてくださる、それが今村さんの書くエネルギーになりますように。

 

長い間小説を書いてきた友人がぽつりと言った。「田島さん、わたし何十年も小説書いてきたけど、今回『あひる』を読ませてもらって、ああ、小説ってこんなふうに書けばいいんだなあと思ったのよ、『あひる』に出会えてよかった」と言われた。

今村さんが小説を書くとき、手法を持っているかどうかはわからない。たぶん、すごく自然体なんだと思う。

 

「たべるのがおそい」2号もいま、原稿待ち。8月はじめには、ほぼ全貌が見えてくる予定。創刊号がこれほど注目されると、2号へのプレッシャーも大きい。まあ、それは考えなくてもいいはず。きっと人はすぐ忘れる。ただ、作り続けるしかない。認知されるには、3号ぐらいまではかかるかなあと思っていたけど、今度のことで認知度は高まった。ありがたいことで、これで、次号もたくさんの読者に読んでもらえるかもしれないではないか。次号発刊は10月の予定。

 

「たべるのがおそい」は、文学ムックだ。雑誌と本の中間。カタチは雑誌だけど、登録は書籍。読みやすいサイズ、持ちやすいサイズ、と思うのだけどどうだろう。私は今回、小説を読むたのしみを再発見した人も多いのではないかと思う。映画やドラマ、小説はもちろん詩や短歌も、観るたのしみ、読むたのしみがあるが、小説は想像力を求められる。出てくる人物や情景など、想像しながら読む。読んでいるうちにいつの間にか、その中のだれかに吸い寄せられていき、小説の中の世界を自分が生き始める。この人物は自分と同じだとか、こんな人物はいやだなあとか思う。そしてその先を想像し、小説の中に入っていき、いつの間にかその人物の行く末を思い描く。そうして、小説は人生に寄り添ってくる。忘れた情景を思い出す。

 

書店に行くとくらくらするぐらい本の洪水に見舞われる。でも、じっと見ていると、向こうから語りかけてくる。ふと手にした本をもとめ、読んでみる。情報だけに頼らずに書店での出会いを楽しみたいと思う。(田島)

 

 

文学ムック たべるのがおそい vol.1

文学ムック たべるのがおそい vol.1