つれづれkankanbou

福岡の出版社「書肆侃侃房」の日々をつづる。

不思議なめぐりあわせ

新しい短歌レーベルがスタートした。「ユニヴェール」は宇宙の意味。短歌の壮大な宇宙にちりばめられた歌集たち。その第一号は白井健康さんの『オワーズから始まった。』である。白井さんに初めてお会いした時、彼が獣医師であり、宮崎で口蹄疫が猛威を振るったとき、膨大な数の牛たちを殺戮する現場に立ち会ったその人たちの一人であると知った。
「オワーズ」とは、口蹄疫のO型ウイルスが初めてみつかった場所であり、それをタイトルに据えたのだ。

 

そのとき、わたしの脳裏にまざまざと蘇る光景があった。口蹄疫が終息したばかりのある日、宮崎県西都市の橋田和実さんからの依頼で、口蹄疫の記録をまとめた『畜産市長の「口蹄疫」130日の闘い』を出版することになった。
その本には、マスコミシャットアウトで行われた殺戮の生々しい現場写真も含まれていた。ブルーシートの上に並べられ、土をかぶせられて埋葬される牛の写真。牛の頸動脈に注射針を打つ、獣医師。埋葬地につれていかれた牛は頸静脈に注射されると10~20秒で息絶え、どさっと倒れる。その死体をクレーンでつりさげ、穴の底に並べていく。その繰り返し。作業中は神経がマヒし、坦々と仕事をつづけるが、夜寝るとその光景がいつまでも去らず、眠れない夜がつづいていたと、地元の獣医師が語ってくれた。そこに白井さんもおられたのである。

 

  倒れゆく背中背中の雨粒が蒸気に変わる たましいひとつ

  たくさんのいのちを消毒したあとの黙禱さえも消毒される

  三百頭のけもののにおいが溶けだして雨は静かに南瓜を洗う

  死はいつもどこかに漂う気のようなたとえば今朝のコーヒーの湯気

  死ぬときは目方がわずか減るというたましいなども昇華してゆく

 

一日牛は300~400頭、豚は1500~2000頭のペースで殺戮が行われたという壮絶な現場に立ち会ったからこそ生まれた、獣医師白井さんの歌は、特別の意味を持っている。

 

 もう一つ。偶然があった。口蹄疫の本の打合せのために宮崎へ向かう途中、高速道路のサービスエリアで私は一本の電話をかけた。かけた相手は加藤治郎さん、未知の人であった。笹井宏之さんの歌集出版の相談のためのその電話で加藤さんと東京でお会いする約束をした。すべての歌集出版の糸口が出来たのである。

 

白井さんの歌集を編みながら、わたしはその偶然の不思議さを思った。すべてはどこかでつながっているのだろうか。

 

オワーズから始まった。 (ユニヴェール1)

オワーズから始まった。 (ユニヴェール1)

 
畜産市長の「口蹄疫」130日の闘い

畜産市長の「口蹄疫」130日の闘い