劉暁波・劉霞という二人の詩人につながる細い糸(田島安江)

 劉暁波の第二詩集で最後の詩集『独り大海原に向かって』と、劉霞詩集『毒薬』がやっと出版にこぎつけた。劉暁波が亡くなったのが昨年の7月13日、あの衝撃と悲しみが伝わってからまだ一年にもならないのに、人々の記憶からどんどん忘れられていくような気がしてならない。一人残された劉霞の消息がわからない。この二冊の詩集の翻訳を一緒にやった劉燕子さんも何度も電話をしたり、友人に聞いたりするけれど、何もわからないという。

 一人の人間の消息が、ある日を境に忽然と途絶えるということがあっていいのだろうか。

 この二冊の訳詩集は、劉暁波・劉霞という二人の詩人との、ほんのかすかにつながった糸のようなものだと思う。詩の言葉を信じたいし、詩の持つ力が広がってほしい、と思う。

 

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『独り大海原に向かって』劉暁波

 詩集『牢屋の鼠』を出版したのが二〇一四年二月十五日。そのとき、〇八憲章の起草者としての罪に問われ、十一年の刑を言い渡されてから五年が過ぎていた。私は漠然と、彼が出獄できさえすればいつか、出会えるチャンスがあるかもしれないと淡い期待を抱いていた。詩人劉暁波に会ってみたかった。

 ところが、昨年(二〇一七)六月二十六日、衝撃的なニュースが飛び込んできた。劉暁波が末期がん治療のため、瀋陽の病院に移されたとのこと、そして、世界中の人々が注視する中、七月十三日、ついに帰らぬ人となった。その知らせを私は暗澹とした思いで受け止めた。

 劉暁波自身が生前、言論によって罪に問われる最後の一人になることを望んでいたといわれたが、残念ながら、世界はまだ彼の望み通りになっていない。むしろ、世界はもっと暗黒へと近づいているのではないだろうか。彼亡きいま、世界を覆う暗雲はますますその度合いを深めている。まるで太陽の光が遮られ、暗黒の世界が出現する日蝕のように。

 今ではもう、何者からも自由になった劉暁波。彼はどこまでも自由だ。彼の言葉のすべてが、世界中の人びとのものなのだ、と強く思った。劉暁波は、一匹の魚となり、一羽の鳥となって、自由に空を飛び、大海原を泳いでいける。きっと夜ごと、劉霞のもとを訪れているに違いない。もはや誰も、彼らを引き離すことはできないのだから。

          『独り大海原に向かって』「劉暁波の遺書」(本文)より

 

十七歳へ (抜粋) 劉暁波

ぼくは生きていて
過不足ない悪評もあびせられる
ぼくには勇気も資格もないが
花を一束と詩を一篇ささげるために
十七歳のほほえみの前に行く
ぼくにはわかっている
十七歳は何の怨みも抱いてないと

十七歳は呼吸が停止したとき
奇跡的に絶望していなかった
銃弾は山やま脈なみを貫通し
狂ったように海水を痙攣させた
すべての花が、ただ
一色に染まったときも
十七歳は絶望しなかった
絶望するはずがないじゃないか
君は未完成の愛を
白髪の母に託したままで

年齢を超越し
死をも超越した
十七歳は
今や永遠だ

 

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『毒薬』劉霞

 劉霞の詩は、劉暁波の詩に共鳴し、『牢屋の鼠』の詩群が耳許に響きはじめた。劉霞の詩は劉暁波にとって間違いなく毒薬であった。しかも、じんわりと効いてくる毒薬。劉暁波の詩の根幹にあるものは「海は宇宙における最大の墓場」であったし、そこには常に死の概念が横たわっている。ということは、劉暁波の詩もまた、劉霞にとっては毒薬だということになる。詩を交換するという行為は、二人の間で交わされた「死への儀式」でもあったのだ。劉暁波亡き今、彼女を襲う空虚と苦痛の息詰まる「かなしみ」を世界中の誰一人として、癒やせはしない。

 時に伝えられる劉霞の状況は深刻さを増していった。軟禁状態に置かれているということはどんなことなのか。劉暁波の詩によると、世界中のマスコミの取材の禁止から始まり、訪ねてくる人のチェック、電話の盗聴と遮断、メールも消され、孤立状態に陥らせる。そして、何よりも、劉暁波は自らの死によって、劉霞の解放を望んだはずなのに、それをこそ、何より望んだはずなのに、それもかなえられない。なんという理不尽だろう。私は、劉霞の魂が少しずつ死んでいくのではないかと恐れる。あの「醜い子供」の人形のように。少しずつ毒薬が効いてきたりしていないか、と。

                『毒薬』「やっと劉霞詩集が」(本文)より

断片  劉霞

私はいつも見つめている
読み終えたばかりの死の光を
ぬくもりを感じるのだけれど
離れなければならないから
さあ、光のあるところに行きましょう

ずっと気丈であり続けたけれど
灰燼になってしまった
一本の木は
一閃の雷光で打ち砕かれる
何も考えないうちに

未来は私にとって
閉じられた窓
部屋の夜はいつまでも明けなくて
悪夢は消えない

さあ、光のあるところに行きましょう