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つれづれkankanbou

福岡の出版社「書肆侃侃房」の日々をつづる。

本屋に本がない

このところ、書肆侃侃房は福岡の出版社だと必要以上に意識させられることが多い。文学ムック「たべるのがおそい」の今村夏子さんの作品「あひる」が芥川賞にノミネートされたから、ということもあるが、「たべるのがおそい」はどこの書店で買えるのか、といわれることも多い。どこの書店でも、買えるのに。というより、注文してさえいただければ、全国どこの書店にもお届けできるのに、と思うのだ。

そう思っていたら、6月30日号の「新文化」に興味深い記事が載っていた。広島のウィー東城店の佐藤友則さんという方が、「ある日を境に人気コミックの配本数が激減。これは死活問題だ」というような趣旨の寄稿文を寄せている。読者の要望に応えるために、図書カードを手に町の他の本屋さんに買いに走っている、という悲鳴にも似た訴えなのだ。どうしてこんなことが起こっているのかは、この長い記事を読んでもらいたいのだが、「町の本屋を大事にしよう」というのはお題目に過ぎず、本が売れないといわれるけれど、それはほんとうなのか。売れる本があるのにその本が入らない、これでは売りたくても売れないではないか、とまあ、そんな悲痛な訴えに満ちているのである。

その最後の言葉はこうだ。

「次世代に本屋をどうやって残すのか。私はその視点で今日を生き、明日を想い、1冊の本を手渡したいのです。」胸にしみる。

版元も同じだ。ちいさな版元の本はなかなか書店に置いてもらえない。読者がほしいと思う本をつくる。それに尽きるのだが。(田島)